アパッチが渡った川 大阪京橋平野川

「部落から”鉱山”への侵入口はガス管と平野川と弁天橋と城東線の鉄橋、この四つであったが、最も利用されるのは平野川であった。」(開高健・日本三文オペラ) 大阪城の東側。戦後まもなく広大な大阪砲兵工廠跡の瓦礫の原野で金属採取に走り回ったアパッチ族の面影を探しました。

150830 (58)
現在の地図では大川となっている平野川。鉄橋の左側が砲兵工廠跡の原野があった所。アパッチはこの川を右から左に渡って「鉱山」に侵入。無事仕事が終われば左から右に渡って収穫物とともに部落へ帰還したのです。







150830 (30)
「城東線の鉄橋」 「鉄橋は電車が通るから危険である」 と敬遠された、現在はJR大阪環状線の平野川鉄橋。



150830 (35)
鉄橋の横にある「弁天橋」 「弁天橋はいいけれど守衛と警官がいるから顔をたててやらねばならぬ」 要するに賄賂を渡さないと橋を渡って鉱山に侵入できなかったらしい。




150830 (34)
「部落側の平野川の岸にはいつも伝馬が何隻か、もやってあった」  今はもう伝馬はもやってない平野川。





150830 (39)
その「城東線の鉄橋」の下をくぐってみる。




150830 (46)
確かに平野川橋りょうとあります。地図では大川なのに、なぜ鉄橋は平野川なんでしょう。





150830 (45)
何もかもを見てきたような古い橋脚です。



150830 (47)
この通路、実はディープな大阪の隠れた名所でもあります。





150830 (41)
怪しい通路の向こう側。今はまわりを高いビルに囲まれて、ごちゃごちゃとした一角が閉じ込められています。




150830 (42)
おそらく「城東線」時代からそのままのコンクリの道床。アパッチは慌てて近道するあまり、城東線の電車を止めてしまったことも。
「会社に遅れるやないか!」
「カチまわしたろか!」
「すんまへん、すんまへん、ほんのちょっとのご辛抱で、、、」
そんな騒動がこの辺りであったのでしょうか。




150830 (64)
平野川の北側、そして線路の東側。




150830 (70)
今も狭い路地と建物が身を寄せ合っている一角。




150830 (80)
ここまで来るともう京橋駅は間近。




150830 (98)
京橋駅に近づくともう一本の川が。こっちは寝屋川で少し下流でさっきの平野川と合流します。





150830 (93)
寝屋川にかかる鴫野橋。




150830 (102)
「運河の水はすでに水というよりは何か得体の知れぬ、重く、粘っこい、窒息性の酸液のようなものとなっていた」
今の水質はずいぶんよくなってるのでしょうが、この記述のとおり、このあたりの水面は油を張ったような
のペッとした表面なのは今もそのままでした。 (2015年7月撮影)


「」内の文章は開高健 日本三文オペラ より抜粋

















スポンサーサイト

COMMENT 0